■雑にも程がある詐欺劇場 国によって、食堂はときに怪しい場所になる。 ウズベキスタンでのことだ。 中央アジア最古の都市であり、観光都市であるサマルカンドでは食堂の2階に泊まっていた。店は違法で旅行者を泊め、小銭を稼いでいるのだ。 観光を終えてその食堂に帰ってくると、女将が声をかけてきた。 「今晩は部屋の電気をつけないでくれるかい?」 「は? なんで?」 「ポリスがうろうろしてるんだ」 やれやれ、とため息が出る。無許可の宿と知って泊まっているこっちが悪いのだが、しかしワイロ請求のために粗探しをしたり、難癖を吹っかけてきたりするこのあたりのポリスにはどうしても面倒な思いを抱いてしまう。 その数日後、宿の食堂でばかり食べるのも飽きてきたので、別の食堂で晩飯にラグマンを食べた。中央アジアで食べられているうどんのような料理だ。これにすっかりハマり、1日1回は口にしないと気が済まなくなっていた。 食べ終えたあと、ほかに客もいないので、店でのんびり文庫本を読んだ。そこへ店主のオヤジがやってきて、ささやくような声で「チェンジ?」と言った。目に淀んだ光が浮かんでいる。 食堂で闇両替を持ちかけられることは、このあたりでは珍しくない。もちろん違法だが、銀行の正規レートと闇レートではときに2倍ぐらいの差があるのだ。正規で交換する旅行者はまずいない(2017年に為替の一本化が行われ、現在は闇レートはないらしい)。 レートを聞くと、「1ドル1000スム」だと店主は言った。怪しい。いくらなんでもよすぎる。これまでは920スムが最高だった。でもありえない数字じゃない。 「OK、じゃあ20ドル変えよう」 「じゃあ、金を」 「いや、そっちが先だ」 店主は意外にも早く折れ、ウズベキスタンの札を先に渡してきた。20米ドルとはいえ、こっちのお金にすれば札束といっていいほどの厚さになる。数えるのは骨だが、1枚1枚偽札がないかチェックしながら数えていく。そのあいだ店主は店の奥に行った。 おや? 1枚足りない。念のためにもう一度数えたが、やはり同じだ。思ったとおりだ。セコイことしやがって。 店の奥から戻ってきた店主に「1枚足りないぞ」と札束を突き出した。 「そんなはずはない」と店主は言う。 「じゃあ数えてみろ」と札を彼の手に渡した。店主は数えながら、その最中、チラと僕の背後――店の入口のほうを見た。あっ、と思い、振り返ると、暗い通りの向こうから男がひとり、こっちに向かって歩いてくる。罠だ。闇両替の現場を抑え、ワイロを請求する腹か。さっき店主が奥に行ったのは仲間に連絡するためだったんだ。 面倒はごめんだ、と踵を返し、店を出ようとすると、店主はそれに先んじて入口側にまわり、僕の行く手をさえぎった。目がぎらついている。次いで店主の口から予想外の言葉が飛び出した。 「俺はポリスだ」 アホか! お前は食堂のオヤジやないか! 次の瞬間、僕は自分でも驚くような行動に出た。両腕に全身の力を込め、店主を思いっきり突き飛ばしたのだ。 店主は体勢を崩し、ガラガラガラと派手にイスを倒して引っくり返った。自分の行為の結果にたまげながら、僕は店の外に飛び出した。背後から怒鳴り声が聞こえたが、止まるバカはいない。風を切って駆け出した。 仲間が追ってこないか気になったが、よくよく考えると、あいつらにはなんの大義名分もないのだ。そう思った途端、全力で走っている自分がバカみたいに思え、ふつふつとおかしくなってきた。ひんやりした心地いい夜の古都を眺めながら、そのまましばらく走り続けたのだった。 文:石田ゆうすけ 写真:出堀良一
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April 29, 2021 at 01:00PM
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